「永遠の仔」なる小説

「永遠の仔」なる小説

暴力、性表現あり

作者:天童荒太

(あらすじ)

久坂優希、長瀬笙一郎、有沢梁平の3人は幼いころよりそれぞれ親からの虐待を受けており、心に大きな傷を負っていた。それぞれ精神を病んでいたことにより、問題行動が増え、愛知県にある小児総合病院に入れられる。1979年、久坂優希が入所したことにより、先に入所していた二人と出会う。彼らは皆、小学6年の同級生として児童精神科を受診し、同時に隣接した養護学校に通ううちに、ある大きな事件にまつわり運命的な固い絆が結ばれる。そして、それぞれが退院し、離れ離れとなり18年後の1997年社会人として過ごしていた3人は運命的に再会することになる。それぞれの抱えきれぬ慟哭はやがて周囲を巻き込みさらなる大事件を巻き起こしていく。果たして1979年に何があったのか、1997年に起きた大事件の真相とは。フーダニット、ホワイダニットミステリーでありながら、抗う術もなく心身を蝕まれた孤独な人の心の深奥を細やかに描きだし、激しい絶望の中にも、一筋の光をもたらすことにより、同様の経験を持つ読者達に「生きる希望」を与えた圧巻の感動大作長編。

【感想】

実は二度目の読了。正直に申し上げると、この小説…

「文庫で5巻。とっても長いのです。」

私のベスト小説の一つなのだけれど、物語の性質上「性表現、暴力」に深く関わっており、今までこのblogでは書く気はなかったのじゃ。

でも、本棚整理していたら

「麻呂の本棚の小説の中身ほぼ誰か死んでおる。」

てなわけなので、今後も小説は「殺人、薬、暴力、性表現」は避けられぬこととなり申した。子供は成長したら読んでたもれ。

さてさて、この小説に関しては絶対に決めてあることがある。

「絶対におちゃらけて書いてはいけぬ」

結論から言うと、容易に感想が書けない凄すぎる小説なのです。(以下ですます調に転調)

かなり重厚であり濃密、ドキュメントのような精緻な描写。映画で言うと「蛍の墓」のように、重すぎる題材ですので本来感想すら憚られるものなのです。その背景、作者様、愛読者様等に失礼なので不用意に書いてはいけない!と思うのです。

でも「おすすめ小説」を紹介するとき、この小説を避けては通れません。まぎれもなく平成を代表する小説であるからです。

「永遠の仔」は1979年の小学6年の頃の出来事と、1997年の出来事が交互に書かれています。1巻から読んでいくうちに、それぞれの時系列の真相が明かされていきます。

1979年の養護学校時代には、生徒が皆「特徴的な精神疾患」になぞらえて動物の名前が付けられています。病院内の他の科の子供たちからも「動物園」と低く見られています。長瀬笙一郎はもぐらの「モウル」、有沢梁平はキリンの「ジラフ」、久坂優希にもイルカの「ドルフィン(呼び名はルフィン)」というように。

その呼び名には家庭内の虐待による心身の状態と深く関わっているため、自らの心の中を表したがる子供はいません。皆、お互いに干渉せず、それぞれの立場を尊重する姿勢で共生をしています。そのような中で、優希の虐待を知ることとなったジラフ、モウルにとっては、それだけは見過ごせないものであり、優希を助け、また自らも絶望から一筋の救いを見出すためにある事件を決行します。

1997年では、ジラフは警官に、モウルは弁護士に、優希は看護士になっており、それぞれ川崎市内で連絡を取らずに懸命に毎日を生きています。しかし、過去の虐待のトラウマは凄まじく、ことあるごとにそれが噴出し、生きることに懊悩し苦しんでいます。ある日、あることがきっかけとなり三人は18年ぶりに再会することとなりますが、同時に周囲には不審な事件がたて続けに起こり始めます。そこには1979年の出来事も密接に関わっており、最後の5巻でその真相が分かるようになります。

全て読んで、途中何度も号泣。結末に至っては、三人が幸せになるのは難しいと思いつつも、ハッピーエンドを願わずにはいられなくなるのです。しかし、天童荒太さんが三人を生み出した時点で、彼らはそれぞれ作者の意図を外れて、自分の人生を生き始めたのでしょう。創作物において良く言われることですが、生み出したキャラクターが自分で動き始めたんだと思います。ですので、予定調和には絶対になりえず、悲劇的ともいえる結末を向かえます。ただ、一筋の光を残して…。

そのようにしてこの大長編は結末を向かえたのだろうと思います。勝手な推測ですが、そんな気がします。

膨大な資料を読み込み、丹念に取材を重ねて、虐待の問題に向き合おうとする作者の誠実さが伝わってくる作品です。

読んでない方は是非読んで頂ければ幸いです。

本当に名言の多い作品なので、最後に私の好きな名言を少し紹介します。

「金の取り合いは、得たほうも心が病んでゆく。結局誰もが負けるのさ」(長瀬笙一郎)

「ちゃんと生きているんだ」(久坂優希、コンクリートの隙間でも生きる野の花を見て)

「生きていても、いいんだよ。おまえは……生きていてもいいんだ。本当に、生きていても、いいんだよ」(三人)

大変な世の中です。皆が幸せでありますように。